伊藤さんの作品を聴いて感じること。
それは「音楽」だと言うことです。
そんなこと当たり前じゃないかと言われるかもしれませんが、、、
そう思わせない作品が多いとは思いませんか?
また、ソロギターの作品というと、どうしてもギタリストによる、ギタリストのための作品というイメージがありますよね。
でも、伊藤さんの作品は明らかに違うと思います。
そして、伊藤さんのどの作品でも感じられるのですが、伊藤さんの音楽にある情景が私の琴線に響くんです。
うまく表現できませんが、自分の幼い頃の情景が思い浮かぶというか、辛かった頃を思い出すような不思議な感覚。
そして、暗さや、孤独感、物悲しさを感じさせながらも、どこかポジティブな何かを感じさせられるんです。
うまく伝えられないですが、伊藤さんの楽曲には絶望ではなく希望が根底にあるのではないかと。
メロディラインもとても普遍的なものでありながらも、どこか心に引っかかる何かがある。
それが伊藤さんのメロディラインだし、アレンジの妙なのだなと。
ぶっちゃけ、「Inner Midium」、「おかえり」、「道のりのどこか」、このキラーチューン三曲だけで十分といえる出来栄えだと思います。
それに期待を裏切らないアイリッシュチューンのCarolan’s Ramble to Cashel、ソリチュード二重奏、ジーン・マリー・レイモンド氏のカバーが添えられていますからね。
これだけでも、アルバムの品質の高さがわかります。
そして、伊藤さん自身がようやく「これが良い音です」と確信を持てたという、素晴らしい録音。
ギタリストとか、ソロギターの作品としてではなく、その他多くの音楽作品と同列で扱うべき作品だと思います。
これだけの品質の作品を聴いて同業他社はどう感じるのか。本音を聞いてみたいなと思ってしまいました。
最後にマホガニー的な観点では、1952年製のMartin D-18と、M.J. FranksのD-18 Legacy Dreadnought(サイドバックはキューバンマホガニー)も使われています!