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これだけアコギに散財してきた男が、どのようなエレキを購入するのか④:Brownie(ブラウニー)を手に入れる。

散々引っ張ってしまいましたが、私が購入したのは Fender Custom Shop の 1956 年仕様のストラトキャスターでした。 56 年前期を再現したメイプル指板、アッシュボディ、 2 トーンカラーのサンバーストのモデルですね。 私もうっかりしていて、購入した時には全く意識していなかったのですが、実はこの仕様はあの「 Brownie (ブラウニー)」をイメージしたものだったんですよね。 ブラウニーと言えば、エリック・クラプトンがデレク・アンド・ザ・ドミノス期に使用していたサンバーストのストラトですね。アルバム「愛しのレイラ」でも使用されたことでも有名です。 アッシュボディということもあってか硬質な音色が特徴で、「美しすぎる高音域」が最大の魅力ですかね。また、低音域もブーミーにならず締まりのある音色で、まさに私の好みでした。 正直なところ、この音色がアッシュと言う材による影響なのか、 56 年前期の音色の特徴に似せているからなのかはわからないのですが。その両方かな。 ちなみに友人が購入したアルダーボディの 57 年仕様と比較すると、大まかな音色の傾向は近いのですが、 57 年仕様 は アルダーボディらしい落ち着いた中域寄りの音色が特徴といったところでしょうか。 汎用性が高く、ヴィンテージらしさと現代的な使い勝手の良さが絶妙にバランシングされた素晴らしいギターだと思いました。 一方、 56 年仕様はギターそのものの個性が強いので、エフェクターで音を変えるよりもアンプ直か軽いオーバードライブなどでギターの音色を活かすような使い方が向いているかなと感じています。そのため、現代的な楽曲で使う場合には難しい場面もあるかもしれません。 また、このギターを買う際にその他のカスタムショップもひと通り試奏させてもらいましたが、総じてこの 50 年代仕様のモデルに言えることは極めてアコースティックな質感であると言うことです。 当然のことながらエレキギターの音ではありますが、とにかく空気感や音の抜け感が優れていて、弾いている時のニュアンスやレスポンスがまるでアコースティックギターを弾いているような感覚に近いんですよね。 また、倍音が多く、ダイナミックレンジも広いので、単体で弾くととても心地良い音色なんですよね。その反面、バンドの中では埋もれてしまう可能性もありますが。 一方、 60

これだけアコギに散財してきた男が、どのようなエレキを購入するのか③:Blackie(ブラッキー)にまつわる話を少々。

  画像は 2004 年にクリスティーズのオークションでエリック・クラプトンのギターが出品された時に作られたカタログです。当時、このカタログがどうしても欲しくて、海外から取り寄せたんですよねー。 そしてカタログの表紙を飾っている「ブラッキー」ですが、 95 万 9,500 ドル(当時の為替レートで約 1 億円)で落札されたんですよね。当時は凄いなと思いましたが、今思えば相当安かったのかもしれませんね。もちろん、買えるわけはないのですが笑 この「ブラッキー」ですが、クラプトンがデレク・アンド・ザ・ドミノスの米国ツアー中に入手したものです。 1970 年のお話です。 当時、テネシー州ナッシュビルの楽器屋ショー・バッドで、中古の 1950 年代のストラトキャスターを 6 本購入したと言われています。その中の 3 本からパーツを選りすぐって組み上げられたのが通称「ブラッキー( Blackie )」と呼ばれているギターなんですよね。 個人的に面白いなと思ったのは 1970 年の時点で新品のギターを買うのではなく、 1950 年代の中古を選んでいるということです。 クラプトンほどの知名度があれば、スペシャルなギターをオーダーできたであろうに、あえて中古を選んだわけですよね。 クラプトンは既にこの時点でヴィンテージの魅力というものを理解していたのかもしれませんね。もしくは、この 1950 年代の仕様に特別なマジックを感じていたのか。 で、この「ブラッキー」ですが、 1973 年 1 月にロンドンで行われたレインボーコンサートにてお披露目され、 1985 年 5 月のコネチカット州ハートフォード公演まで使われました。 ということもあり、「ブラッキー」と言うとなんとなく 1970 年代のクラプトンというイメージがあるのですが、実は 1974 年のツアーではメインギターとしてギブソンのエクスプローラが使われてたりするんですよね。歪み成分が多く、太い音色が特徴です。 そして 1975 年のツアーからは「ブラッキー」の使用頻度は増えるものの、それでもサンバーストのストラトや日本公演で使われたテレキャスターなど、この時期はあまりブラッキーにこだわりがなかったのかな?なんて思ったりしています。 その後、完全に「ブラッキー」に一本化されたのは 1976 年頃と思われます。個人的には、この頃からよ

1940年製の「Martin D-45」の音色を味わう。

  「 NHK MUSIC SPECIAL  福山雅治〜時を超えるギター」 みなさん、番組見られましたか? ちなみに昔、ブログでも書かせていただきましたが、私は福山さんのラジオを 20 年以上聞き続けている筋金入りのヘビーリスナーだったりします。(あえて、ファンとは言いません) 本当にラジオの福山さんは楽しくて(特に結婚前は)、自分の生活の一部として欠かせない存在でしたし、誠に勝手ながら自分のアニキのような存在だと思い、今でも慕っています。 そんな福山さんが購入したプリウォーの D-45(1940年製) をマーティン本社を訪問し、リペアしてもらうという企画で、アコギ好きには堪らない素晴らしい番組でした。 しかも、戦前にその D-45 が作られたであろう工房で弾き語りまでしてしまうのです。 普通の人間なら恐れ多くてできないことを福山さんならやってしまう、許されてしまうのが凄いところだと思います笑 流石に本人も、歴史あるマーティンの工房でそんなことするなんてと考えたとは思いますが、福山さん本人の意思に関わらず、やってくださいと頼まれてしまうのでしょうね。 そしてその役割を理解し、演じ切れてしまうのが福山さんが『福山雅治』たる所以なのでしょう。ただギタープレイを見る限り、いつもよりは思い切りがないように感じました。そんなところも好きです笑 内容はみなさんの目で見てほしいですが( 11 月 13 日 23:50 から再放送あり)、マーティンが好きな方なら、間違いなくロマンを掻き立てられるような内容でしたね。 しかし、以前ラジオでは、プリウォーの D-45 を買いませんか?というお誘いはあったけど、高すぎるからお断りしたみたいなことを言っていた記憶はあるのですが、、、ついに買ってしまったのですね。 福山さんが買えないわけはないのですが。 ただ、アコギ好きな人間から言わせてもらうと、今回の映像ではプリウォーの D-45 の音色の魅力は伝えきれていなかったように感じます。 また、福山さん自身の歌声もいつもより低音が弱く感じられたので、きっと D-45 も豪華な倍音感を録音しきれていなかったのではないかと思うんですよね。 この辺りは今後使われるであろうレコーディングでの音色に注目していきたいところですかね。 この流れだと、紅白でプリウォーの D-45 使ったりするんじゃないですかね

これだけアコギに散財してきた男が、どのようなエレキを購入するのか②:ブラッキーに堕ちる。

私の執筆が進まず、ご紹介できるのはもう少し先になりそうですが、画像は友人が購入したフェンダーカスタムショップ製のストラトキャスターです。 実はこれにやられてしまったのです。 ついこの前まで『エレキの音はピックアップとアンプで決まるもの』でしょと思っていました。 しかも、音を出す最終地点であるアンプが最大の肝だと。そして、良い音を出すにはある程度の音量が必要だと。 ですので、日本の住宅環境で納得のいくエレキの音なんて出せる訳ないと考えていました。 これが自宅でも楽しめるアコースティックギターを趣味として選んだ理由のひとつではあったのですが、ところが。 友人の試奏に付き合った際に、このブラッキーのあまりの音色の素晴らしさに驚愕したわけです。何なんだ、この音はと。 やはり、アコースティックギターと同様に自分で実物を触ってみないとわからないものですね。 もちろんこの差が何からくるものなのか、特定はできないのですが、生音で弾くだけでも明らかに違いがわかるのです。 もちろん、生音の良し悪しはエレキの良し悪しには関係ないのですが、店にあったフェンダーのデラリバで音を出した途端、、、 とんでもないフェンダーの美音が響き渡ったのです。 聞く者の感性を刺激する 耳に刺さるか刺さらないかと言ったフェンダーらしい絶妙なトレブル感。 まるで初めてマーティンの素晴らしいヴィンテージを弾いた時のような感動が私の中に沸き起こってきたのです。 しかも、音量を上げても下げてもその美しさは変わらないのです。正確にはそれぞれの音量に合った魅力的な音色が出力されるのですが。 さらには、エフェクターも何も使わずにギターとアンプ(真空管)だけでこの音が出せてしまった訳です。 若かりし頃、バイトをして貯めた少ない小遣いで、どんなにたくさんエフェクターを買い集めても出せなかった音がいとも簡単に出せてしまうなんて。 感動と共に、正直、ショックでさえありました。 ただ、カスタムショップのギターを今回初めて触ったわけではなかったんですよね。 そのため、カスタムショップの作り(品質)の良さはわかっていたものの、一方で音色に関してはそこまで納得できていなかったんですよね。 では、その納得のいかなかった今までのカスタムショップとこのブラッキーとは何が違うのか。 それは『レリック加工』なんですよね。 これはアコギでも体験済みでし

これだけアコギに散財してきた男が、どのようなエレキを購入するのか①

31年前、この本を見て、通販ではじめてギターを買いました。 アコースティックギターの話題一本でやってきた当ブログではありますが、すみません、ついつい魔がさして、エレキギターを買ってしまいました。 別にみなさんに謝る必要もないのですが、どちらかというと自分自身に対する罪悪感みたいなものが大きいんです。 というのも、友人がフェンダーのカスタムショップを購入した影響をもろに受けて、衝動買いしてしまったようなものだったので。 そもそも、10年前にアコースティックギターを本気ではじめようと思ったのは、アコギがとても健全な趣味だと感じられたからなんですよね。その理由は以下の通りです。 ①自己完結できる 南澤大介先生の、ソロギターのしらべ、これは衝撃でした。 ギターを弾くのは好きだけど、バンドは組んでいない私のような人間や、自分が弾きたいと思う楽曲は難しすぎて弾けないけど簡単な曲なんて弾いていてもつまらない、みたいな悩みをぶち壊してくれたのです。様々な難易度の楽曲と原曲をリスペクトしたアレンジ。正直、これ以上のものは何も要りませんでした。 必要なのは、アコギと楽譜と練習する根気だけ。これは一生ものの趣味にできると思いましたね。 ②正確な楽譜(スコア、TAB譜) 学生の頃、バンドでエレキギターを弾いていた私ではありますが、当時から、やはりスコアがいい加減だな、と思うことは多かったですよね。(友人でスコアを実際に書いている人もいましたし) まぁ、正確なスコアがあったとしても、その通りに弾けるわけでもないのですが、練習をしていく上で、素人が見ても違うなと思う楽譜で練習をするのはなかなか気が進みませんでした。 その点、先ほどのソロギターのしらべなどは、編曲した本人が楽譜を書いていますので、100%信頼できるんですよね。 さらには、直接本人にレッスンを受けることができますので、これは楽器を練習するモチベーションアップに繋がりました。 ③経済的にも無駄がない アコギを本気でやろう、と思ったのはこの理由が一番だったかもしれません。 まず、アコギについては、中古やヴィンテージの市場が成熟していると感じました。 特にヴィンテージの場合は、アコギの本場である米国のプライシングがベースになりますので(当然のことながら、米国は日本よりも市場が成熟しています)、ぼったくられる心配がないと考えました。 そし

『マーティンのテーパード・ブレーシング』実物を試奏してきました!

  1948年製のMartin 000-18 過去記事「最近話題?マーティンのノーテーパード・ブレーシング」の続編です。 まずは、簡単に『ブレーシング』の説明からはじめましょうかね。 ブレーシングとは、ギター内部にある力木と言われる木で、ギターのトップやサイドバックを補強するために使われています。そもそもは補強が目的だったとは思うのですが、その力木の構造(組み方)や、形状、材質によってギターの音色が変わってくるんですよね。 で、今回は形状(スキャロップド・ノンスキャロップド)のお話になります。 マーティンでは、戦前から伝統的にこの力木をスキャロップド(削る)ことで素晴らしい音色を作ってきたんですよね。 ところが1944年、このスキャロップドは廃止されてしまいます。一般的には、より強度を求めてという話もありますが、個人的にはギター販売本数(製作本数)の増加に伴い、より生産の効率化が求められたんじゃないかと考えています。 スキャロップされていようが、なかろうが、結果としての音色が素晴らしければそれでいいはずなのですが、削って調整することをやめたと言われると、なんとなく手抜きに感じてしまうのが人間の性というものですよね。 それに加えて、戦前マーティンのプレミアムもあり、スキャロップこそ最高みたいな風潮があったりするからややこしいんですよね。 例えば、同じノンスキャロップドのギターを買うのであれば、同じスペックの1950年代、1960年代のギターであれば、1940年後半のギターよりも安く買えてしまうんですよね。そういったこともあって、なかなか手を出しにくい年代のものでした。 ※Style-28系ではヘリンボーンも廃止されていたりするので、尚更、1940年代後半スペックは人気がなかったんですよね。 そこに突如として話題となったのが「1945~1948年のモデルはスキャロップされていた!」だったというわけです。画像を見て頂いても、わかるような、わからないような、とてもなだらかなスキャロップなのですが。 ここからわかることは、マーティンの職人たちが当時、試行錯誤を重ねていたのであろう事実ですね。強度をあげ、製作本数も増やさないといけない、でも、音色に影響を与えたくない。その妥協点がこのノン・テーパードブレーシングだったのではないかと。 今回はたまたま1948年の000-18を試奏