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そろそろギブソンでも語りますか。(その④:理想的なギブソンサウンド、1950年代後半)

  今回は1950年代後半のギブソンのお話になります。 上記は動画は私が理想とするフラットピッキングでのギブソンサウンド、Gillian Welch(ギリアン・ウェルチ)の演奏です。1958年製のJ-45を使用しています。 結論から言うと、世間一般的には、この時期こそが最もギブソンらしい音色だと考えられているのではないでしょうか。 かく言う私自身もそう感じていたので、片っ端から試奏をしていた時期もあったりします。 この時期のギブソンですが、1950年代前半と比較すると、ピックガードが大きなものに変更されていることから、ラージガード期と呼ばれています。 その他の変更点としては、ギター内部を支える力木(ブレーシング)がノンスキャロップに変更されたこと、そしてアジャスタブルサドルの登場があげられます。 ノンスキャロップによる仕様変更は、音色の芯の強さや響きの直進性に影響があるように感じています。 これもいわゆるギブソンらしさを形成する大きな要素かもしれませんね。 ただ、ノンスキャロップなんて他にいくらでもありますから、これがギブソンらしさを決定づける要素ではないと考えられます。 ではギブソンが発明したアジャスタブル・サドルこそがギブソンらしさの肝なのか?と言われると、そうとも言えますし、そうでないとも言えます。 アジャスタブル・サドルの効果として、ピッキング時のジャキジャキしたアタック感を強調してくれるので、ギブソンらしさを強調してはくれるものの、、、 驚くことに、アジャスタブル・サドルではない同じ年式のギブソンを弾いても、これに近いニュアンスを感じられる個体が結構あるんですよね。 つまり、アジャスタブルサドルは音色を変化させる一因ではあるものの、この年代のギブソンらしい音色を決定付ける絶対的な要素とまでは言えないということなんですよね。 ましてや、録音した音を聞いてみると、そこまでの明確な違いを見つけることは難しかったりしますからね。 そしてぶっちゃけ、録音してしまえばどれもギブソンの音がします笑 特に1950年代前半と後半をブラインドテストで確実に聞き分けるなんてかなりの難易度なのではないでしょうか。 もちろん自分で弾けば違いはわかると思いますが、あくまでもブラインドテストで録音したものを聴き比べした場合に判断できるのかという話です。 ここまで散々、ギブソン感...

【売却済】 メイドイン御茶ノ水「Hobo's Works OM-18 SB」を坂崎幸之助さんがお買い上げ!!

以前、日本を代表する個人製作家である中島馨氏のカオルギターをアルフィーの坂崎さんが購入したという記事を書きましたが、、、 今回は、 私のブログでも強く推している「Hobo's Works」のギターをご購入されたという情報が入りましたので、記事にしてみました。 このホーボーズ・ワークスですが、お茶の水の楽器店「Hobo's(ホーボーズ)」のクラフトマンである岡健男氏と行武学氏が製作しているオリジナル・ブランドなんですよね。 ぶっちゃけ、普段からリペアや販売で取り扱っているギターの経験値が他の製作家の方とは段違いなこともあり、めちゃくちゃハイレベルなギターを作られているのですが、、、 日々、更なる進化を遂げていることに加え、今回の坂崎さんのお買い上げで更なるお墨付きをいただけたと言えるかもしれませんね。 坂崎さんが選ばれたのは岡さんが作られた「OM-18 SB」でサイドバックにはホンジュラス・マホガニー、トップにはアディロンダック・スプルースが使われたものです。 このブログでも記事にしていましたが、私の友人がオーダーしたOM-18と同一スペックの色違いであり、音の傾向も同じものだと想定されます。 実物の音は聞けていないのですが、実は坂崎さんのラジオで購入後すぐに使われていて、音を聴くことができたりします。 さわりだけですがイエスのRoundabout、Fragile、イーグルスのHotel California、New Kid In Townなどを演奏してくれていて、それが驚きの美音の連続でした。 その中でも特に凄いと思ったのが、サイモン&ガーファンクルのBookendsでして、マホガニーの魅力を遺憾なく発揮してましたね。 番組の中で坂崎さんが「マホガニーのいいところは高音部のリバーブ感」とおっしゃられていましたが、まさにその通りの美しいリバーブ音を聴くことができますよ。 YouTubeでアップしてくれている人がいるので探してみてください。 ちなみに、坂崎さんが以前購入されたカオルギターのOMの兄弟機にあたるドレッドノートですが、現在はアコギ界でも美音で知られる伊藤賢一氏が所有されているそうです。やっぱり、良いギターってことなんですね。買っておけばよかったw

Collingsのニューモデル「Hill Country Series」が出るそうな。

  少し前からJulian Lage(ジュリアン・ラージ)の演奏動画がYouTubeにアップされていましたが、正式に情報が公開されましたね。 その名は「Hill Country Series(ヒル・カントリー)シリーズ」。 過去にもヴァーニッシュ塗装や、トラディショナルシリーズ、ウォータールーなど、驚きの新製品を発表し続けているコリングスだけに、どうしても期待しちゃいますよね。 ボディサイズはドレッドノート、オーケストラモデル(OM)の2種類、材としてはインディアン・ローズウッドとホンジュラス・マホガニーが選べるようですね。トップ材はアディロンダック・スプルースのみのようです。 コリングスのホームページからの引用ですが、 Our “Hill Country” series offers a strong fundamental tone with a warm, woody character and full low end, all while retaining a quick response and plenty of power and cut. とあり、いつものコリングスとあまり変わり映えしない気もしますが笑、、、 ウッディで力強い基音、完全なローエンド、迅速なレスポンス、豊富なパワーを謳っています。 また、気になるスタンダードシリーズ、トラディショナルシリーズとの違いについても記載があったので引用しておきます。 スタンダードシリーズは、煌めく高音域、力強い中音域、タイトでクリアーな低音域が特徴。 トラディショナルシリーズは、より丸みを帯びた高音域と完全な低音域、スタンダードシリーズよりも少しルーズな音色。 ヒルカントリーシリーズは、温かい基音が特徴。 ヒルカントリーの音はこれだけでは全く分かりませんが笑、きっと、このネーミングからもブルーグラスやカントリーをターゲットにしているのでしょうね。 YouTubeを見ると、予想通りかなりブルーグラス、カントリーに寄せた音作りになっているように感じます。 今までよりもヴィンテージ・マーティンらしさを狙ってきているのか、もしくは、もはやそれには拘らず、独自のブルーグラス、カントリー向けの音作りにしてきているのかは実際に弾いて判断したいところです。 最近では本家マーティンでさえも、かなりモダンな音作りの傾...

そろそろギブソンでも語りますか。(その③:友人がスクリプトバナーのJ-45を手放した理由)

  友人が所有していたスクリプトバナー期のJ-45です。 誰かは言えませんが、プロのミュージシャンが所有していた個体だそうで、リペア箇所は多かったのですが、その分、セットアップは完璧で実に素晴らしいギターでした。 友人もかなり気に入っていたのですが、結局は手放す結果となってしまったんですよね。 その辺りが、私が語りたいと思っているテーマに合っていると思いましたので、題材として取り上げてみようかと思います。 ちなみに、スクリプトロゴに「ONLY A GIBSON IS GOOD ENOUGH(満足できるのはギブソンだけ)」と書かれていたことから、スクリプトバナー期とかバナーヘッドと呼ばれています。 時期としては諸説ありますが、1942年から1946年頃に製作されたモデルにあたります。 スキャロップ加工に、アジャスタブルではない一般的なサドル、また薄くて小ぶりなピックガードなど、アコースティックギターの音響としては合理的な仕様となっています。 なぜ、このようなアコギとしてごく普通の仕様を「合理的」などと書いているのかというと、これ以降、どう考えても音が悪くなるであろう仕様変更をギブソンが繰り返していく歴史があるからなんですよね。。。 ですので、ギブソンを手に入れるのであれば、このバナー期かスキャロップされていた1950年代前半までのスモールガード期と言われるJ-45またはJ-50がアコギとして合理的であり、望ましい仕様であると考えていました。 でも友人は、そんな理想的なはずのバナー期のギブソンを手放したんですよね。不思議でなりません。 そこで、友人に手放した理由を尋ねてみました。すると、、、 「もっと安いギブソンでも自分が求めるギブソンの音はだせると思ったから」 また、 「あのバナーの音は、弾き語りをする人には最高だけど、弾き語りに使うギターならもっと安くて良いものがあるだろう」 とも。 このような実際に所有し、じっくり時間をかけて弾き込んだ人の意見は、とても説得力がありますよね。 さらには実際に所有し、所有欲が満たされたからこそ見えてくる景色があるのかもしれません。 要はギターとしては素晴らしいが、用途によってはもっと合うものがあるのではないか、そして用途を限定するのであればもっと安価で実現できる、そういった結論だったわけです。 私が弾かせてもらった感想として...

そろそろギブソンでも語りますか。(その②:私がGibson L-00を手放した理由)

  ギブソンを語るにあたって、その前にどうしても語っておきたいことがあるんですよね。 それは、以前所有していた1935年製のL-00をなぜ手放したのか、その理由です。 ぶっちゃけ、今持っていれば当時と比べて倍以上の価格になっているので、残しておけば良かったなというのが本音ではありますが、やはり手放したのにはそれなりの理由があります。 それは自分が思い描くギブソンサウンドとのギャップでした。 もちろんL-00からもギブソンらしさというものは感じられたのですが、あくまで私がイメージするギブソンサウンドとは異なったという意味です。 そもそもL-00はハンドクラフト感の強い時代のギブソンで、現代でも通用するハイエンドなアコースティックギターに求められる要素が、かなりの高次元で備わっているギターでした。 特にフィンガースタイルでのギターにて際立つメロディライン。アコースティックギターの魅力を凝縮したような力強い単音がとても魅力でした。 そしてマーティンで言うところのダブルオーとトリプルオーを組み合わせたかのようなボディサイズからくる絶妙なコード感とリバーブ感。 以前も「ギブソンの職人恐るべし」と評価した記憶がありますが、本当に素晴らしいギターだったと思います。 でも、実際に所有して弾き込んでいくうちに、楽器として優れていることと、自分がギブソンに求めるもの(音色)が別物だということに気付いたんですよね。 そして、この戦前のL-00を手に入れたことで気付かされた感覚がありました。それは、古いものほど良い、高いものほど良いという先入観です。 例えば、戦前という言葉だけでL-00やL-1などは絶対にいい音がしそうな気がしてしまいますし、J-45の場合はプレミアムな1940年代のスクリプトバナーの方が何となく優れている気がしちゃうんですよね。 でもギブソンに関しては必ずしもそうではなく、年代ごとに強い特徴があるのだということを実際に所有したことで気付かされたわけです。 今にして思えば私にとってのギブソンサウンドの探究は、このL-00を手放した時から始まっていたのかもしれません。